②講座を受けたり、読書して得たことをアウトプットしてみます。〜千と千尋の神隠し

2026年1月30日

 

2026年1月2日

『千と千尋の神隠し』がノーカットでTV放映されました。

新年早々、私はのっぴきならない事情を抱えておりました。夫婦でのゴタゴタがありましたから、子どもを連れて、祖母の家に逃げておりました。

私の祖母は、80歳をとうに過ぎていますが、体操教室やカラオケ教室に行っては、毎日楽しく過ごしているのです。

私は、若い頃から、何か行き詰まると、決まって祖母の家に行きました。大抵お腹を空かせていることが多く、そんな私に、何を尋ねるでもなく、祖母は、美味しいご飯を作ってくれるのでした。

私の安全地帯、優しくて温かい祖母が大好きなのです。

10代、20代、30代となりましたが、大人になっても、悩みは尽きることはありません。またもや、この先どうしていこうかと祖母の家のテレビをボーッと眺めておりましたら、「千と千尋の神隠し」今夜21時放送!というコマーシャルが流れ、その瞬間とても嬉しくなったのです。

まさか、大好きな祖母と一緒に『千と千尋の神隠し』をおよそ20年の歳月を経て、再び観れるとは!!思いもよらなかったからです。

 

映画が劇場公開されたのは、今から20年以上前のことです。

2001年の夏でした。

当時、私は10代の少女でした。

祖母が映画に誘ってくれました。祖母と一緒に映画館へ行ったことを今も大切に記憶しております。

そして、私はこの作品にどっぷり感情移入致しました。

それもそのはずです。作品に登場する「千尋」の年齢が、当時の自分とちょうど重なっていたからです。

10代の少女は、まだまだ未熟です。そんな少女の目の前から、両親が豚になってしまうのですから、パニックになりましょう。恐怖と、受け入れ難い困難に直面します。困惑、葛藤。そこからは、前を進むしかありません。泣きながらも、負けずにに立ち向かっていく「千尋」→名前を奪われた「千」の姿に強く心を打たれました。

 

自然の畏敬、人としての成長が描かれていました。

千尋の勇気、いかなる時にも、自分を鼓舞して前へ進んでいく強い気持ち、自然へのリスペクト、何があっても諦めない、めげない、そして他者を思い遣る優しい心がありました。

 

千と千尋の神隠しは何を伝えたいのか?

こちらをAIで調べてみました。とてもいい解説がありましたので、掲載させていただきます。

 

AI による概要

『千と千尋の神隠し』が伝えたいことは、「困難の中でも人は成長し、自分を見失わずに生き抜ける」という希望や、「労働を通して自己を見出し、人間性を育むことの重要性」、そして**「現代社会が忘れがちな、自然への畏敬や、名前(アイデンティティ)の大切さ」**など、多岐にわたりますが、宮崎駿監督は特に「大丈夫、あなたはちゃんとやっていける」というメッセージを込めたと語っています。

主なメッセージ

  • 労働と成長:働かざる者食うべからずの異世界で、千尋は労働を通じて責任感や他者への思いやりを学び、大きく成長します。これは「働くこと」が自己実現や存在証明になりうることを示唆しています。
  • 名前(アイデンティティ)の重要性:名前を奪われることは自己の喪失を意味し、名前を取り戻すことは自分を取り戻すことです。現代人がアイデンティティを見失いがちなことへの警鐘でもあります。
  • 欲望と「足りない心」:カオナシは現代人の尽きない欲望の象徴です。お金や物質では満たされない心を、愛や本質的なつながりで満たすことの大切さを伝えています。
  • 「神様」への敬意と自然との共生:両親が神社の食べ物を無遠慮に食べるように、現代人が忘れかけている自然や伝統への畏敬の念を「神様」を通して描いています。
  • 「大丈夫」という肯定:社会経験の少ない千尋が、困難な状況でも「自分は大丈夫」と信じ、前に進むことで困難を乗り越えていく姿は、子どもたち(そして大人たち)への励ましです。

これらは、宮崎監督が10歳の少女に贈る映画として、現代社会を生きる若者たちへのメッセージが込められた作品と言えるでしょう。

千と千尋の神隠しと紫微斗数やホツマツタエや 本:「助けて」が言えない子どもについてとどう結びついて、何を申し上げたいかについて

10代の私に

『千と千尋の神隠し』を観るきっかけを作ってくれたのは、祖母でした。

私は、この作品にかなり救われています。強くなること、勇気をもらいました。転校先にて、この作品を見て親しくなった友人もいますから、本当に感謝しております。

私は、紫微斗数の命盤において、12個あるうちの福徳宮(精神、先祖、メンタル等)に生年A(吉運)を持っています。

生年A(生年化禄)の主な特徴

  • 「禄」は財と縁: お金、愛情、チャンス、縁、ラッキー、広がり、穏やかさを象徴します。
  • 生まれつきの宝: 努力せずとも自然と手に入る「恩恵」を宮の場所にもたらします。
  • 人間関係と感情: 人との縁が広がりやすく、優しさや豊かさを示す、温かみのあるエネルギーです。

私は、貧乏家庭に生まれ育ちました。父母宮は生年Dとなっているため、正直親の運はないことを意味しています。

ネグレクト等ではなかったものの、経済的DV、家庭内暴力等は日常的にありましたし、母も倒れてしまったので、親元にいた頃は、いつも不安に苛まれた家庭状況だったといえます。

福徳宮の吉運が、何かと身を救い、人生を押し上げていること。

ところが、私は自傷行為や、非行に走ることはありませんでした。メンタル的にはそこまで落ち込むことなく生きてこれたのは、後に紫微斗数を勉強して、腑に落ちたのですが、福徳宮が吉運で、なんとなく先祖から守られていたのでしょう。いや、そもそもリアルに存在している祖母の存在こそが、真理です。

孫である私のことをずっと気にかけてくれているという数値化できないものの、確かな安心が存在していたのです。

何かあれば、実家ではなく頼れる居場所が自分にはあるんだ!と心の支えがあることで、道を外すことなく生きてこれたように思います。

これは、どんな財宝よりも重要なことであり、私はとても恵まれていたのだと思い知りました。

祖母は、私にあれこれ聞かずとも、いつも温かく迎えてくれます。美味しいご飯をたくさん用意してくれて、「泊まる?」と声をかけてくれます。布団を用意してくれて、どうでもいいような世間話していると、なんだかそれだけでホッとするんですよね。

 

 

「助けて」がいえない子ども編を読み進めて思うのは、とにかく心のホームが必要だということです。

あれこれ傷ついた対象となるような話をする必要はないと思っています。

行政の支援者は、こちらが話したくない話を聞きまくる割には、何もせず記録だけ残して去っていくだけなので。

そういうのはいいから、ただ自分を受け入れてくれて、ただダラダラとご飯一緒に食べて、ホットティー飲んで、ダラダラテレビ見て、寝かしてくれて、ダラダラ他愛もない話をしてくれるけど、心のどこかでちゃんと私という存在を気にしてくれているんだと思わせてくれるホッとな状況が必要なんです。

この心の支えについては、また次のブログで述べたいと思います。

 

 

日記

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