②講座を受けたり、読書して得たことをアウトプットしてみます。〜千と千尋の神隠し

2026年1月2日
『千と千尋の神隠し』がノーカットでTV放映されました。
私は、のっぴきならない事情を抱えており、遠方にある祖母の家に子どもと一緒に泊まっておりました。
祖母は、80歳を過ぎても元気でおり、体操教室やカラオケ教室に行っては、毎日楽しく過ごしているのです。
若い頃から、何か行き詰まると、私は祖母の家に行きました。お腹を空かせている私に、何をきくでもなく、美味しいご飯を作ってくれるのでした。私が最もリスペクトしている大好きな祖母です。
大人になっても、悩みは尽きることなく、これからどうしていこうかと思い悩んでいる時でした。テレビCMでたまたま「千と千尋の神隠し」が放送されることを知り、とても嬉しくなったのです。
なぜなら、大好きな祖母と一緒に「千と千尋の神隠し」をおよそ20年の歳月を経て、再び観ることになったからです。
映画が劇場公開されたのは、今から20年以上前。
2001年の夏でした。
当時、私は10代の少女でした。
祖母が映画に誘ってくれまして、2人で一緒に映画館へ行ったことを今も覚えています。
そして、私はこの作品にどっぷり没入致しました。
というのも、作品に登場する「千尋」の年齢が、私とちょうど重なっていたからです。
10代の少女のまだまだ未熟な部分、恐怖心、弱さと葛藤がありますが、そこから困難に直面し、負けずにに立ち向かっていく姿に強く心を揺さぶられました。
人としての成長があり、千尋の勇気といかなる時にも、自分を鼓舞して前へ進んでいく気持ち、自然へのリスペクト、何があっても諦めない、めげない、そして他者を思い遣る心、優しさがありました。
千と千尋の神隠しは何を伝えたいのか?
こちらをAIで調べてみました。とてもいい解説がありましたので、掲載させていただきます。
AI による概要
『千と千尋の神隠し』が伝えたいことは、「困難の中でも人は成長し、自分を見失わずに生き抜ける」という希望や、「労働を通して自己を見出し、人間性を育むことの重要性」、そして**「現代社会が忘れがちな、自然への畏敬や、名前(アイデンティティ)の大切さ」**など、多岐にわたりますが、宮崎駿監督は特に「大丈夫、あなたはちゃんとやっていける」というメッセージを込めたと語っています。
主なメッセージ
- 労働と成長:働かざる者食うべからずの異世界で、千尋は労働を通じて責任感や他者への思いやりを学び、大きく成長します。これは「働くこと」が自己実現や存在証明になりうることを示唆しています。
- 名前(アイデンティティ)の重要性:名前を奪われることは自己の喪失を意味し、名前を取り戻すことは自分を取り戻すことです。現代人がアイデンティティを見失いがちなことへの警鐘でもあります。
- 欲望と「足りない心」:カオナシは現代人の尽きない欲望の象徴です。お金や物質では満たされない心を、愛や本質的なつながりで満たすことの大切さを伝えています。
- 「神様」への敬意と自然との共生:両親が神社の食べ物を無遠慮に食べるように、現代人が忘れかけている自然や伝統への畏敬の念を「神様」を通して描いています。
- 「大丈夫」という肯定:社会経験の少ない千尋が、困難な状況でも「自分は大丈夫」と信じ、前に進むことで困難を乗り越えていく姿は、子どもたち(そして大人たち)への励ましです。
これらは、宮崎監督が10歳の少女に贈る映画として、現代社会を生きる若者たちへのメッセージが込められた作品と言えるでしょう。
千と千尋の神隠しと紫微斗数やホツマツタエや 本:「助けて」が言えない子どもについてとどう結びついて、何を申し上げたいかについて
千と千尋の神隠しを観るきっかけを作ってくれたのは、祖母です。
私は、紫微斗数の命盤において、12個あるうちの福徳宮(精神、先祖、メンタル等)に生年A(吉運)を持っています。
生年A(生年化禄)の主な特徴
- 「禄」は財と縁: お金、愛情、チャンス、縁、ラッキー、広がり、穏やかさを象徴します。
- 生まれつきの宝: 努力せずとも自然と手に入る「恩恵」を宮の場所にもたらします。
- 人間関係と感情: 人との縁が広がりやすく、優しさや豊かさを示す、温かみのあるエネルギーです。
私は、貧乏家庭に生まれ育ちました。父母宮は生年Dとなっているため、正直親の運はないことを意味しています。
ネグレクト等ではなかったものの、経済的DV、家庭内暴力等は日常的にありましたし、母も倒れてしまったので、親元にいた頃は、いつも不安に苛まれた家庭状況だったといえます。
ところが、私は自傷行為や、非行に走ることはありませんでした。メンタル的にはそこまで落ち込むことなく生きてこれたのは、後に紫微斗数を勉強して、腑に落ちたのですが、福徳宮が吉運で、なんとなく先祖から守られている⁉︎いや、そもそもリアルに存在している祖母が孫である私をずっと気にかけてくれているという確かな信頼がありました。
何かあれば、実家ではなく頼れる居場所が自分にはあるんだ!と心の支えがあることで、道を外すことなく生きてこれたように思います。
色々聞かずとも、いつも温かく迎えてくれて、美味しいご飯をたくさん用意してくれて、泊まる?と声をかけてくれて、布団を用意してくれて、世間話して、なんだかそれだけでホッとするんですよね。

「助けて」がいえない子ども編を読み進めて思うのは、とにかく心のホーム、心の支えが必要だということです。
この心の支えについては、また次のブログで述べたいと思います。